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東京地方裁判所 昭和44年(ワ)224号 判決

被告・反訴原告 平和相互銀行

理由

一  本訴事件請求原因1、3、4記載の事実および被告が原告と被告との間に根抵当権設定契約が成立した旨主張していることは当事者間に争いがない。

本訴事件抗弁1記載の事実は原告が明らかに争わないからこれを自白したものとみなす。

二  よつて本訴事件抗弁2ないし4について判断する。

1  《証拠》によれば、次のような事実が認められる。

(一)  原告は、昭和四〇年一二月ないし昭和四一年一月頃、原告が経営に参加していた訴外軽飛行機開発株式会社において運転資金として三〇〇万円必要になつたことから、本件不動産の処分をかねて知合の前田丞に依頼したところ、前田から本件不動産を今処分するのは惜しい、自分も銀行から借りる予定があるからその時本件不動産を担保にして原告の必要な分も借りてやると言われ前田に本件不動産を担保として三〇〇万円の金策をすることを委託し、本件不動産の権利証を渡した。

(二)  前田は東京コーポを経営していたものであるが、昭和四一年一月頃得意先開拓に来訪した被告の行員訴外倉田藤雄から取引開始を勧誘されたので、被告に対し東京コーポの運転資金として四、〇〇〇万円の融資を申込み交渉を重ねた結果、融資がなされる見込みとなつた。そこで前田は、東京コーポを主債務者とし連帯保証人欄には前田の記名捺印をした他、東京コーポの社員であつた訴外篠木利子に命じて原告の住所氏名を記入させ購入した宮原名義の印鑑を捺印した被告所定の融資申込書を同年二月二三日に被告銀座支店に提出した。

(三)  前田は同月二三日ないし二五日頃、原告に、先日話した金が借りられるようになつたのでその手続に必要な書類を社員に持参させるから捺印してもらいたい旨電話で連絡し、篠木利子および同じく東京コーポの社員である訴外竹田和男に命じて予め被告から渡されていた必要書類を原告方へ持参させた。篠木、竹田両名が原告方へ持参したのは、それぞれ被告所定の様式の契約条項が印刷されている根抵当権設定契約証書、訴外藪内貞人への強制執行認諾条項を含む債務弁済契約公正証書作成の委任状、根抵当権設定登記手続委任状等の用紙であつたが、いずれも日付、金額、利率、物件の表示等の欄はまだ記入されてはいなかつた。篠木からこれらの書類を示された原告は、それが三〇〇万円の借入れのための書類であると考えていたので、これに目を通さないまま、篠木に印鑑を渡してその場で必要箇所に氏名を代署させ、かつ捺印させた。

(四)  前田は篠木から原告の氏名が記載され捺印された右書類を受取り必要箇所に主債務者である東京コーポおよび連帯保証人である前田個人の記名捺印をした。そして前田は、同年二月二六日根抵当権設定契約書を被告行員に交付し、既に決定していた約定に従つて元本極度額欄に四、〇〇〇万円と記入させて原告の代理人として請求原因4(一)ないし(五)記載のような根抵当権設定契約を結び、更に原告から渡された根抵当権設定登記手続委任状、印鑑証明等必要書類を使用して同日根抵当権設定登記をした。また前田は、同年三月二日には前記公正証書作成委任状を被告行員に交付して元本二、九〇〇万円、利息日歩二銭四厘、弁済期同年八月末日等と記入させたうえ被告の記名捺印を得て、東京コーポの代表者として債務弁済契約を、前田本人および原告の代理人としてその連帯保証契約を結んだ。その後同月一七日右委任状に東京コーポ、前田および原告の代理人と表示されている藪内貞人と被告の代理人訴外原田幸三郎との嘱託により請求原因1記載の公正証書が作成された。

(五)  なお、被告から東京コーポへの融資額は当初四、〇〇〇万円と予定されていたが、右三月二日までの間に右予定額から当初東京コーポが被告に対して行なうことになつていた両建て預金額一、一〇〇万円を差引いた二、九〇〇万円と決定されていた。

(六)  原告は同年四月頃三回にわけて三〇〇万円を前田から受取つた。

2  右に認定した事実によれば、被告と東京コーポとの間の二、九〇〇万円の貸借についてなされた原告の連帯保証契約、その公正証書作成の委嘱および本件不動産に対する元本極度額四、〇〇〇万円の根抵当権設定契約は、原告が自らしたものではなく、前田が原告の代理人としてしたものと認められ、かつ原告は前田に銀行から本件不動産を担保として何らかの形で三〇〇万円の金策をすること、すなわち三〇〇万円の金銭消費貸借契約あるいは実質上は原告が融資を受ける目的で前田や東京コーポの借入れについて三〇〇万円の限度で連帯保証契約をし、本件不動産について三〇〇万円の限度で何らかの形式の担保権設定契約をする代理権を授与したものと認めるのが相当である。《証拠》中右認定に反する部分は信用できない。

3  被告は、原告が前田に東京コーポの二、九〇〇万円の借入れの連帯保証および元本極度額四、〇〇〇万円の根抵当権設定をする代理権を授与し、藪内に二、九〇〇〇万円の連帯保証契約について公正証書の作成の嘱託および強制執行認諾の意思表示をする権限を与えたと主張し、《証拠》中には右主張にそう部分があり、また《証拠》中には原告が篠木に命じて同人の持参した書類に氏名を代署、捺印させた時既にそれらの書類に借入金二、九〇〇万円、元本極度額四、〇〇〇万円等の金額や日付等が記入されていたとする部分があり、更に《証拠》によれば、昭和四一年六月末頃から七月頃にかけて原告および訴外島田聡明が被告銀座支店を訪れて、原告への強制執行、本件不動産の根抵当権実行の猶予を求め、そのために原告において東京コーポの債務を代位弁済することとし原告はその担保として別の不動産を被告に差入れることなどが話し合われ、原告から被告にそれらの不動産の登記簿謄本や評価証明書が渡されたことが認められる。

しかしながら原告が篠木に命じて代署捺印させた時その書類には金額や日付などが記入されていたという前記証言部分は、《証拠》に照らして信用できない。けだし《証拠》によれば、被告から東京コーポへの貸付は昭和四一年三月二日に行なわれたがそれは当初は同年二月二六日に予定されていてそれが三月一日に変更されたのが再度変更されたもので、原告が篠木に代署捺印させたと見られる同年二月二三日ないし二五日頃には三月二日に貸付がなされることが予想できなかつたものと認められるのに対し、《証拠》のうち債権額、主債務者、連帯保証人、利率等の記入と同時に記入されたものと推認される作成日付は三月二日と記載されていることおよび証人竹田和男の証言に照らせば、むしろ篠木が持参した書類は不動文字のみが印刷されその他の記入のないものであつたと推認するのが相当であるからである。

また《証拠》によれば、島田および原告が原告において東京コーポの債務を代位弁済する等の案を被告に示したのは原告の訴訟準備のととのうまで強制執行をひきのばすとともに事情を調査するためであることが認められるから、先に認定したような事後の交渉がなされたからと言つて、原告が本件各契約の締結を事前に了承していたものとは認められない。《証拠》(省略)

4  以上判断したところによれば、前田は原告の代理人として被告との間で、東京コーポの二、九〇〇万円の借入について連帯保証契約をなしその債務弁済契約公正証書の作成の嘱託を藪内貞人に委任するとともに本件不動産について元本極度額四、〇〇〇万円の根抵当権設定契約をしたが、実際は三〇〇万円を限度とする連帯保証契約の締結と公正証書の作成および根抵当権設定契約締結の代理権を有していたにすぎなかつたのであるから、右連帯保証契約およびその債務弁済契約公正証書ならびに根抵当権設定契約は債務元本極度額三〇〇万円およびこれに対する利息、損害金の限度で有効であり、三〇〇万円を越える部分は効力がないものといわなければならない。

三  次に本訴事件抗弁5、6および再抗弁2(表見代理の成否)について判断する。

1  被告は、民法一一〇条もしくは同法一〇九条の規定により原告は本件債務弁済契約公正証書上の強制執行認諾の意思表示について責任を負うと主張する。しかし公正証書に記載される執行認諾の意思表示は公証人に対する訴訟行為であつて私人間の取引において意思表示者の相手方の保護を目的とする前記法条は適用されないものと解するのが相当であるから、被告の右主張は事実について判断するまでもなく失当であり採用できない。

2  原告が前田に三〇〇万円を限度とする連帯保証契約および根抵当権設定契約締結の代理権を与えたところ、前田は右権限を越えて原告の代理人として被告と二、九〇〇万円の借入れについて連帯保証契約をなし本件不動産について元本極度額四、〇〇〇万円の根抵当権設定契約をしたことは二に判断したとおりである。

3  そこで被告が前田に右のような契約を結ぶ権限があると信ずるにつき正当な事由があつたかどうかについて判断する。

(一)  《証拠》を総合すれば、次のような事実が認められる。

(1) 被告が原告の代理人前田と本件連帯保証契約および根抵当権設定契約を結んだ当時、前田は原告から交付を受けた原告名義の債務弁済契約公正証書作成委任状、根抵当権設定契約書、根抵当権設定登記申請委任状(その作成の経緯は二1の(三)に認定したとおりである。)および本件不動産の権利証、原告の印鑑証明書を所持しており、前田自身も被告の行員に対して原告から一切をまかされていると言つていた。被告の行員は右各書類の原告名は原告が署名したものと思つていた。

(2) 昭和四一年二月二七、八日頃被告の行員訴外倉田藤雄が原告に電話をかけて、本件不動産を担保に提供してもらうことになつているがその確認のために面会したいと申し込んだところ、原告は前田に任せてあつた三〇〇万円の金策のための担保のことだと考えてそのことは承知しているから来訪するには及ばない旨答えたので、被告方ではそれ以上原告に確認を求めなかつた。

(3) 根抵当権設定契約、連帯保証契約を結ぶ際前田から被告に渡された各書類には元本極度額欄、債権額欄、日付欄などが記載されておらず、被告の行員がそれまでの前田との交渉や被告内部の審査によつて決定されたところに従つて記入した。

(4) 被告が東京コーポや前田に融資するのは本件貸付がはじめてで、従つて当然原告が東京コーポや前田の被告に対する債務について保証したのも本件の場合がはじめてであつた。

(二)  被告は被告の行員が電話で原告に確認した際、融資金額は二、九〇〇万円である旨述べたところ、原告はもつと多額ではなかつたかと反問し、急いで融資してやつてほしいと言つたと主張し、《証拠》中には右主張にそう部分がある。しかし右部分はこれに反する《証拠》の結果に照らして信用できず、かえつて右証拠によつて認められる原告において自分が二、九〇〇万円の連帯保証債務を負つていることを知つたのは昭和四一年六月末頃であることによれば、前記電話では融資金額については話題に上らなかつたものと推認される。他に右(一)の認定を動かすに足りる証拠はない。

(三)  右(一)の(1)、(2)で認定した事実からすれば、一見被告において、前田が原告のため本件契約を締結する代理権を有すると信ずるについて正当な事由があるかのように見えないでもない。しかしながら、前記認定のとおり、被告と東京コーポとの間の本件取引は被告の取引先開拓の目的でなされたはじめての取引であり、しかもその貸付額は二、九〇〇万円の多額に上るものであるから、当然物上保証人が重要な地位を占めるものであること、右貸付額は原告個人が他人のため物上保証人または連帯保証人として負担する債務額としてはかなりの巨額であり、かつ原告の代理人と称した前田は本件貸付により直接の利益を受ける東京コーポの経営者であること、前田が持参した原告名義の契約委任状等の書類には、貸付金額や被担保債権極度額が未記入であつたことなどからすれば、金融機関たる被告としては、果して原告が真実かかる巨額の債務負担行為と承認していたかどうか、すなわち前田の代理権の有無ないし範囲について疑問を抱く余地が多分にあつたものといわざるをえない。従つて被告としては、直接原告と面接するなりしてその真意を確認すべきであつたのに、前認定のとおり、金額の点に触れないまま一回の電話確認をしたにとどまり、たやすく前田の言を信用して右の疑念を解明する措置をとらなかつたものとみられるから、前田の代理権の調査につき被告に過失があつたものといわなければならない。

以上により、被告が前田の本件各契約締結の代理権を有すると信ずるについて正当の事由があつたものとはいまだ認めることができない。

4  原告が前田に対し根抵当権設定契約書、同登記申請委任状、債務弁済契約公正証書作成委任状、本件不動産の権利証、原告の印鑑証明書を交付し、前田が右書類により原告の代理人として被告との間の本件各契約を締結したことは前に認定したとおりである。この事実からすれば、原告は被告に対し前田に右契約をする代理権を与えたことを表示したものということができよう。しかしながら、被告において前田の右代理権について調査をつくさなかつた過失があつたことは前項に認定したとおりであるから、民法一〇九条の適用はないものというべきである。

5  よつて被告の表見代理の主張はいずれも採用することができない。

四  反訴事件請求原因2記載の事実は原告において明らかに争わないからこれを自白したものとみなす。

五1  以上判断したところによれば、原告の本訴事件の請求中、請求異議は三〇〇万円を越える債権元本およびこれに対する約定利息、約定損害金についての執行力の排除を求める限度で理由があり、その余の部分は失当であり、根抵当権不存在確認請求は三〇〇万円を越える債権元本極度額の根抵当権の不存在の確認を求める限度で理由がありその余の部分は失当である。

2  ところで根抵当権設定契約の不存在を理由としてその根抵当権の設定登記の抹消登記手続が訴求され、審理の結果登記に表示されている債権元本極度額より低額の元本極度額の根抵当権設定契約の存在のみが認められる場合、右請求は当該登記の債権元本極度額を実体上設定契約の成立が認められる債権元本極度額に更正する登記手続を命ずる限度で認容すべきものと解するのが相当である。けだし、登記の抹消登記手続と登記の更正登記手続とは不動産登記法上別個の手続とされてはいるが、根抵当権設定登記中の元本極度額をより低額に更正する更正登記手続は、その実質を見れば、その根抵当権設定登記の一部抹消登記手続にほかならないからである。

本件について考えるに、原告は本件根抵当権設定登記の全部抹消登記手続を求めているのに対し、一ないし三に判断したところによれば、右根抵当権設定登記は債権元本極度額三〇〇万円の限度で実体的権利関係に符合し、右限度を越える部分については実体的権利関係に符合しないものであるから、原告の請求は、被告に本訴事件請求原因4記載の根抵当権設定登記の元本極度額四、〇〇〇万円を三〇〇万円とする更正登記手続を命ずる限度で理由がありその余の部分は失当である。

3  以上一ないし四に判断したところによれば被告の反訴事件請求は、原告に、金三〇〇万円およびこれに対する弁済期後であることの明らかな昭和四二年九月四日以降支払い済みまで日歩四銭の割合による遅延損害金の支払いを求める限度で理由があり、その余の部分は失当である。

六  よつて原告の本訴請求は右五1、2において理由あるものと判断した限度で、被告の反訴請求は五、3において理由あるものと判断した限度でそれぞれ認容し、その余の請求はいずれも棄却する

(裁判長裁判官 渡辺忠之 裁判官 西田美昭 裁判官豊島利夫は転任のため署名捺印できない。)

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